江戸から来た男 小説天誅組外伝(その二)
壱 挙兵
五條に近づいていくと、黒い煙がたなびいているのが遠望できた。火事だ。
街に入ると、騒然としている。代官所と思しき屋敷に向かって、人々が駈けつけているのが見える。半鐘が鳴り響いている。すでに、始まっているらしい。
路上に、代官所から上がる煙を見上げている女がいた。後ろから見ても妊婦と知れる。少年の手を引いている。
「なにか、あったのですか。代官所で」
仁(じん)は、後ろから声をかけた。
振り向いた女は、少し不安そうな表情で、仁を見上げた。
妊婦は、女にしてはかなりの上背。眼が大きい。
「浪人が代官所を襲ったの。世の中を変えるのよ。あなたも浪人」
そこまで言って、女は少し笑顔になった。
「浪人です。彼らに加盟したいんだ。どこへ行けば幹部に会えるのかな」
「今は、みんな代官所にいると思う。けど、その後は桜井寺に本陣を置くわ」
「どうしてそんなことを知っている」
「私の主人も一味なの。乾十郎(いぬいじゅうろう)。ご存知。本当はお医者さんなんだけど」
(続く)